2008.01.23

GO!!!!!!!

「Gauloises」が、エゲレスに買い取られた。

わたいが綴れる数少ないフランス語単語のひとつなのに。

 【パリ22日時事】かつてフランスの「国民的シンボル」とも呼ばれた紙巻きたばこ「ゴロワーズ」の製造元の仏・スペイン系たばこ大手アルタディスが22日、英の同業インペリアル・タバコに事実上買収された。
2008年1月23日 時事通信

どうする、ゴロワーズ・ヤマハ(どうもしない)

どうする、クリスチャン・サロン(ますますどうもしない)

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2007.10.18

ノリック……

交通事故はないだろう、ノリック……。

ご冥福をお祈りします。合掌。


裏側から先週帰ってきましたが、あんまりおバカなことを書く気持ちになれなくて、一週間ほど勝手に服喪していました。
今日から勝手に明けて再開します。

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2007.03.01

押しましょうか? 流しましょうか?

レギュレーションが変わって排気量が999ccから800ccに制限される2007年のMotoGPクラス。

塵も積もれば方式でポイントを重ねて王者に上り詰めたニッキー・ヘイデンは、果たしてアレックス・クリヴィーレの再来なのか。

連覇の途切れたヴァレンティーノ・ロッシは、産業用無人ヘリコプターの売り捌きで株を落としたヤマハのマシンにフィアットのロゴを書かせられるのか。

デジカメ市場から撤退してわたいを失意のどん底に陥れたコニカミノルタの顔に就任した中野王子は、古巣カワサキのエースとして迎えられた旧友オリビエ・ジャックといつものように並んで走るのか。

ダンロップタイヤを履かせたら右に出るダンロップタイヤ勢はいない玉田は、ポイント圏内でフィニッシュできるのか。

そして早咲きの感性派ライダー阿部ノリックは、今年も長嶋茂雄名誉監督ばりの超感覚的解説を聞かせてくれるのか。

興味の尽きないシーズン開幕を控えた3月1日、モータレース界のオピニオン新聞の誉れ高いトーチューこと東京中日スポーツに、今年のモータスポーツカレンダーが掲載された。

Pict4105a

カレンダーを参考に第1戦から順に抜き出すと、

Round 01 3/11 カタール:ロサイル
Round 02 3/25 スペイン:へレス
Round 03 4/22 トルコ:イスタンブール
Round 04 5/ 6 中国:上海
Round 05 5/20 フランス:ル・マン
Round 06 6/ 3 イタリア:ムジェロ
Round 07 6/10 スペイン:カタルーニャ
Round 08 6/24 イギリス:ドニントンパーク
Round 09 7/ 1 オランダ:アッセン
Round 10 7/15 ドイツ:ザクセンリンク
Round 11 7/22 アメリカ:ラグ……

……はい?

Pict4105b

アメリカ・ラグセナカ


ラグセナカに鳥のように白い翼つけてください


そんなサーキットは、ない。

いや、あった!


公式サイト
ヤマハ発動機によるコースガイド


R12以降は割愛。

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2006.01.30

中野王子、しゃべらナイトに現る

2006年1月30日の深夜に放送された「英語でしゃべらナイト」に中野真矢が登場していた。

登場するなり後ろ向きにバイクにまたがるボケは置くとして、そんなにぺらぺらじゃなくてもクローズドなサーキットの世界で必要な意思疎通はできるみたい……という意味で、観る者(わたい)に根拠のない自信を与えてくれた。

ありがとう、王子!

2006シーズンは、飛び入りのオリビエ・ジャックに先を越されて表彰台の二番目を持って行かれた上海GPのようなことなく、カワサキのエースとして表彰台の真ん中に立ってくれ!

わたいは引き続きヤマハを応援するが、 キャメルみたいな妙なスポンサーがメインについて いささかテンション下がっているのも事実。

元ヤマハの王子もちょくちょく応援するぞ!

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2005.06.26

放送事故?

ヴァレンティーノ・ロッシが爆勝を続ける2005年のMotoGP。

受信料不払いでダメージを受けるより前に、韓流ブームに調子こいて韓国ドラマばかりを買い漁ったNHKは予算名不足に陥り、かつてテレビ大阪から奪い取った放映権をあっさりと手放した。そのため今年は地上波での観戦ができなくなるのでないか、と危ぶまれていた。

日本メーカーのバイクが世界最高峰を席巻しているというのに地上波放送がないのはいかがなものか。
そこで立ち上がったのが当の日本メーカーだった。
自らがスポンサーとなることで、日本テレビで引き続いて放映することが実現した(ただし全国ネットではないらしい)。ライブからは一週間遅れだが、まあ、放映されないよりは遥かにマシだ。

昨シーズンはロッシがホンダからヤマハに移籍してどれだけ勝てるのかが注目されたが、結果は圧勝。

今シーズンもここまで7戦のうちほとんどロッシがひとりで勝ってしまう破竹っぷりで、「やっぱバイクちゃうやんライダーやん」と思わせるに充分な活躍だ。

でも強過ぎてちょっと緊張感ないかも……と思う今日この頃。

さて、そんな緊張感のなさが伝染したのかしないのか、2005年6月25日深夜放送の第7戦で、こんなものが放映された。

DSC0001.jpg


コマーシャルに入っても、「残り3ラップ」の順位表示が。

MotoGPクラス終了後、コマーシャルを挟んで本編へ戻る直前。

DSC0002.jpg

SHOW クレジット落ち 3 秒後SHOW

3 秒後SHOW

もう、SHOWしちゃってますけど。

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2005.02.28

2005年のMotoGPカレンダー(決定)

FIM、2005年2月18日。

2005 WGP カレンダー
Round 01  4/10 スペイン:へレス
Round 02  4/17 ポルトガル:エストリル
Round 03  5/ 1 中国:上海
Round 04  5/15 フランス:ル・マン
Round 05  6/ 5 イタリア:ムジェロ
Round 06  6/12 スペイン:カタルーニャ
Round 07  6/25 オランダ:アッセン
Round 08  7/10 アメリカ:ラグナセカ
Round 09  7/24 イギリス:ドニントンパーク
Round 10  7/31 ドイツ:ザクセンリンク
Round 11  8/28 チェコ:ブルノ
Round 12  9/18 日本:ツインリンクもてぎ
Round 13  9/25 マレーシア:セパン
Round 14 10/ 1 カタール:ロサイリ
Round 15 10/16 オーストラリア:フィリップアイランド
Round 16 10/23 トルコ:イスタンブール
Round 17 11/ 6 スペイン:バレンシア
MotoGPクラスのみの開催
決勝=土曜日
元ネタ:motogp.com

既に一度、5月下旬から6月上旬のスケジュールが変更されていた。今回はシーズン開幕を間近に控えながらの大きな変更だ。いくらなんでもこれで決定だろう。

昨年秋の暫定カレンダー発表以降、変更されたポイントは4つ。

1:ブラジル、リオはキャンセル

そのため、第2戦~第3戦と地方回りの日程だったのが、5月頭の上海だけ単発でアジア遠征という中途半端な移動スケジュールになってしまった。

2:トルコで初のMotoGP開催

ブラジルがキャンセルされたためポルトガルが第2戦に移った。その跡地である第16戦には、トルコのイスタンブールサーキットが入った。この8月にF1が開催されるサーキットだが、実はまだ完成していない。F1までにはできる予定だそうだ。まるで2004年のギリシアオリンピックを思い出させる泥縄日程だが、MotoGP関係者は全然気にしていないのだとか。

3:鈴鹿8耐にGPライダーは来ない?

鈴鹿8時間耐久レースには、毎年GPライダーが招聘されていた。彼らのなかには耐久レースを走りたい者もいたし、契約だからしょうがなく走っている者もいた。この2005年は、ドイツGPのレースウィークと鈴鹿8耐のレースウィークが、MotoGP側の日程変更により重なってしまった。そのため、そもそも来日が不可能となったのだ。日本人ライダーの諸君は名を上げるチャンスだ。

4:やはりチャンピオン決定はドサ回りで?

前回2005年のMotoGPカレンダー(暫定)で「チャンピオン決定はヨーロッパで?」と書いたが、第16戦がトルコに変わったため、ヨーロッパに戻る前にチャンピオンが決まる確率がぐぐっとアップした。凱旋レースになるか、消化試合になるか、楽しみなことである。


小ネタ
・2005年のMotoGP放映権は日本テレビが購入

全国ネットなのか、生放送なのか録画なのか、今のところまだ細目は何も決まっていないそうだが、放映されるだけでも幸いだ。契約は2007年までの3年間。

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2005.02.04

YZR-M1に興味がある人は、こんな商品にも

YZR-M1とは、世界最高峰の二輪レースのレギュレーションが変わった2003年シーズンから本格的に投入された、ヤマハの4ストロークMotoGPマシン。

2004年シーズンには、ホンダから移籍してきたヴァレンティーノ・ロッシに操られ、ヤマハのマシンとしては久方ぶりに二輪グランプリのチャンピオンに輝いた。

そのYZR-M1の1/12スケールモデルが、2004年11月に田宮模型から発売された。

11月末に買いに走ったときには、もう影も形もなく、今もって手に入らない。

しょうがない、butchyさんのblog「リーマンぶっちーのペーパークラフト日記」を見習って、ヤマハ発動機のサイトに置いてあるYZR-M1のペーパークラフトを作るか……。

いやいや! 諦めてはいかん!

(でも、ちゃっかりペーパークラフトのデータはダウンロードした)

そこで、おもちゃコーナーを新設して意気上がるAmazon.co.jpで、探してみた。

キーワードは「YZR-M1」。

検索!

……なんだ、1件だけか。

バレンティーノ・ロッシ+YZR-M1 MotoGP2004 チャンピオンDVD

定価: ¥4,725 (税込)
価格: ¥3,780 (税込)
OFF: ¥945 (20%)

発送可能時期:発売予定日は2005/02/18です。ただいま予約受付中です。


DVDか。

YZR-M1のプラモデルは売れてしまったのか、入ってこないのか。

わたいのYZR-M1はどこだ!

おや、下のほうになにか書いてあるぞ。

この商品に興味がある人は、こんな商品にも興味をもっています

* M-1グランプリへの道 ~まっすぐいこおぜ !~ 起承の一
* M-1グランプリ2001 完全版 ~そして伝説は始まった~ ますだおかだ
* MotoGP2004 ダイジェスト2

M-1グランプリってあんた。


似てるけど。

それにも興味あるけど。

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2004.11.02

2005年のMotoGPカレンダー(暫定)

FIM、2004年10月20日。

2005 WGP 暫定カレンダー
Round 01  4/10 スペイン:へレス
Round 02  4/17 ブラジル:ジャカレパグア(リオ)
Round 03  5/ 1 中国:上海
Round 04  5/15 フランス:ル・マン
Round 05  5/29 イタリア:ムジェロ
Round 06  6/ 5 スペイン:カタルーニャ
Round 07  6/19 イギリス:ドニントンパーク
Round 08  6/25 オランダ:アッセン
Round 09  7/10 アメリカ:ラグナセカ
Round 10  7/24 ドイツ:ザクセンリンク
Round 11  8/28 チェコ:ブルノ
Round 12  9/11 マレーシア:セパン
Round 13  9/18 日本:ツインリンクもてぎ
Round 14 10/ 1 カタール:ロサイリ
Round 15 10/16 オーストラリア:フィリップアイランド
Round 16 10/30 ポルトガル:エストリル
Round 17 11/ 6 スペイン:バレンシア
MotoGPクラスのみの開催
決勝=土曜日
元ネタ:motogp.com

2005年の特徴は4つ。

1:アメリカGP、10年ぶりに復活

1970年後半にケニー・ロバーツ(とっつぁん)が登場してから90年前半にかけて、サーキットにアメリカ人ライダーが大量になだれ込んできた。
ケニー・ロバーツ(YAMAHA)、フレディ・スペンサー(HONDA)、エディ・ローソン(YAMAHA→CAGIVA)、ウェイン・レイニー(YAMAHA)、ケビン・シュワンツ(SUZUKI)、ジョン・コシンスキー(YAMAHA)、そしてランディ・マモラ(YAMAHA)、ついでにマイク・ボールドウィン(YAMAHA)。
ヨーロッパ・サーカスと銘打った興行なのに、上位を占めるのはいつもアメリカ人。彼らはダートトラックあがりのパワードリフトを多用しハングオフで遠心力に対抗しつつ、できるだけ早目にバイクを起こしてアクセルを開けていくスタイルで勝ち続けた。リーンインとリーンアウトの美しいフォームでコーナーとコーナーを繋いで行くヨーロッパ人は滅多に勝たせてもらえなくなり、マシンやタイヤの開発も、アメリカ人エースライダーたちの乗り方に合わせて行なわれるようになったのだった。
アメリカ人が多く出ているのだから、母国開催は自然な流れ。しかし、1995年を最後にラグナセカでのWGPは行なわれなくなった。アメリカ人ライダーもずいぶん影が薄くなって、2004年のMotoGPクラスに出ていたのはケニー・ロバーツ(SUZUKI)、ジョン・ホプキンス(SUZUKI)、ニッキー・ヘイデン(HONDA)、コーリン・エドワーズ(HONDA)、カーティス・ロバーツ(PROTON)の5名だが、活躍していた印象はない。
2005年開催は125CCと250CCを除くMotoGPクラスのみだそうだが、これが再びアメリカ人ライダーたちが台頭してくるきっかけになるのかどうか、楽しみだ。

2:F1で調子にのり、中国へ初上陸

2004年秋に中国でF1が行なわれた。その波にのって、今度は2輪も中国へ上陸する。記憶が正しければ、もともとは北京の郊外にサーキットを新設し、そこに誘致する話だったはずだ。いつの間に上海にすり変わったのだろう。2003年秋に行ったとき現地で尋ねても歯切れが悪かったわけだ。
ともあれ初の中国開催でなにが起きるのか。ワイルドカードで中国人ライダーの参戦はあるのか。腕に覚えのある銀輪部隊代表や、各地方の雑技団で命知らずのオートバイ曲乗りを見せてくれる彼や彼女らが、母国のサーキットで驚異の走りを披露してくれることを期待してやまない。
日本ではゴールデンウィークの真っ只中。観に行く人は今から手配を怠るな!

3:日本開催は引き続き一度だけ

中国の上海とアメリカのラグナセカが入ったことで、WGPのMotoGPクラスは史上初の全17戦となる。
日本では2000年から2003年まで、春に鈴鹿(日本GP)、秋にもてぎ(パシフィックGP)の2回興行だったが、2003年開幕戦となった鈴鹿で起きた加藤大治郎のクラッシュがきっかけで、「こんな危ないサーキットで走れないっす」とライダーたちから総スカンを食い、鈴鹿は2004年カレンダーから外された。その後もちょこちょこ改修していたが、再開の許可は下りなかったようだ。そもそも俎上に上ったのどうかさえわからない。
いずれにせよ、2004年にはカタールが、2005年には中国とアメリカが入ったことで、今後ますます鈴鹿が復活する可能性は低くなったと言える。1987年から毎年通ったが(一度だけもてぎだけで開催された年を除く)、もう下車することはないのだろうか、近鉄白子駅。

4:チャンピオン決定はヨーロッパで?

例年、ヨーロッパを離れたアジア/オセアニアラウンドでシリーズチャンピオンが決まることが多かった。しかし全17戦になることで、第16、17戦はヨーロッパに戻っての戦いになる。これまでは最後の締めの1戦だけがヨーロッパだったので、誰かがシーズン中盤から独走でポイントを稼ぎ続けると、主催者のお膝元に帰るのを待たずドサ回り中にチャンピオンが決まってしまったのだ。しかし最後に2ラウンドあれば、ポイントリーダーが第15戦までに2位に51ポイント差以上をつけない限り、ヨーロッパへ最終決戦の場を持ち越すことになる。わずか1戦の違いだが、消化試合のような凱旋レースより、地元ヨーロッパで盛り上がることは間違いない。果たして偶然なのか、FIMが狙ってそうしたのかは謎だ。


小ネタ
・宇井がハリスWCMからMotoGPクラスにフル参戦?
・マイケル・ジョーダンがレーシングチームを結成し、MotoGPに乱入?
・NHKの海老沢、2005年はMotoGP放映権を買わない?

それぞれ1本ずつ書けそうな気もするが、割愛。

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2004.09.19

中野、日本GPで3位表彰台

2004年9月19日。ツインリンクもてぎで行なわれたMotoGP決勝で、カワサキブリヂストン中野真矢3位入賞を果たした。

快晴。今年は春の鈴鹿が外されて日本で1回しか開催されないためか、例年より人が多いように感じられた。
PICT2399.jpg

カワサキブースに飾られていたZX-RR。2003年バージョン。

PICT2401.jpg

12番グリッドからスタートした中野だが、レース開始直後1周めの1コーナー進入で主力6人(予選2位J.ホプキンス、同4位M.ビアッジ、5位C.エドワーズ、7位L.カピロッシ、8位K.ロバーツ、9位N.ヘイデン)がクラッシュで一度にコースから消えたため、M.メランドリ、阿部ノリックに挟まれた4位の好位置に付ける。

一度はノリックに抜かれたが、そのノリックがマシントラブルで10ラップめにリタイア。
その後前を走るメランドリとの差をじわじわと詰めた中野は、18ラップめのS字から仕掛け始め、バックストレッチでメランドリを交わす。

メランドリはブレーキを遅らせて中野のインを差し、90度コーナーに進入するが、中野はラインをクロスさせて立ち上がり3位浮上。

緊張の糸が切れたのか、メランドリはあっと言う間に離されて、二度と中野との距離を縮めることはなかった(それどころか、後ろから来たA.バロスにも抜かれてしまった)。

オープニングラップからしばらく、90度コーナーを立ち上がるたびに白煙を噴き上げていた中野のZX-RRだったが、中盤からは安定。メランドリをかわしたあとは危なげなくラップを重ね、単独走行の末に3位フィニッシュ。MotoGpに復帰したカワサキ初の表彰台となった。中野自身も、チームGauloises YAMAHA Tech3(YZR500)で3位に入った2001年R9ドイツGP(ザクセンリンク)以来の表彰台だ。

ラストラップ、90度コーナーのクリップにつく中野。ぼけぼけですまん。

PICT2412.jpg

優勝はV.ロッシ(YZR-M1)を押さえて独走した玉田誠(RC211V)。今季2勝目を日本で挙げた玉田にも温かい拍手が贈られていたが、ウイニングランで90度コーナー観客席から誰よりも大きな拍手をもらっていたのは、中野だった。

NHKサンデースポーツで結果が報道されたが、中野にはまったく言及なしだった。わかってないなあ、NHK。払わないぞ、受信料。

ウイニングランで90度コーナーに現れた中野のそばにはゼッケン19のO.ジャック(モリワキ)。チームが変わっても仲がいいな。

おめでとう、中野王子。次もがんばれ。

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2004.04.25

ロッシ、勝ってしもたがな。

WGP 2輪ロードレース MotoGPクラス
第1戦 南アフリカGP、ウェルコムサーキット。

トーチューの記事 2004/4/19
リザルト表
motogp.comの記事 2004/4/18

要するにこういうことだ。

昨年までホンダのエースライダーとして、3シーズン連続チャンピオンを獲ったヴァレンティーノ・ロッシが、今シーズンはヤマハに移籍した。
ウェイン・レイニーが不幸な事故で第一線を退いてからのヤマハはとにかくへちょへちょで、マッシミリアーノ・ビアッジやらギャリー・マッコイやらカルロス・チェカやらアレッサンドロ・バロスやらを招聘してみたものの、勝てなかった。

わたいが初めてWGPを強く意識したのは1983年の冬。そのシーズンは、ヤマハのケニー・ロバーツとホンダのフレディ・スペンサーとが激戦を演じ、敗れたケニー・ロバーツが引退した年だった。

当時はホンダとヤマハが2大メーカーとして鎬を削り、一進一退の攻防を繰り広げていた。やがてペプシコーラをスポンサーにつけたスズキがGPに復帰。長い手足のアメリカ人、ケビン・シュワンツが登場すると3メーカーの混戦になったが、それでもエディ・ローソンウェイン・レイニーを擁するヤマハは強かった。

それがここ2シーズンばかりは、満足に表彰台に上がるライダーさえいない有様で、レースに勝ちそうな雰囲気さえ感じさせないダメメーカーに成り下がっていた。

2004年、圧倒的な強さを誇るロッシがなにを思ったか、ヤマハに移ってきた。

2003年のヤマハは、2002年後半に調子を上げていたホンダのバロスを引き抜いてエースに据えたものの、メーカーポイントでMotoGP新参のドゥカティにさえ敗れる第3位というぱっとしない成績に終わっていた。バイクそのものが、ホンダとくらべてダメダメなんだろうと誰もが思った。

そんなダメバイクを、ロッシは操れるのか。請われてカワサキに移ったマッコイのように、見せ場のないまま腐っていくのではないか。

杞憂だった。

シーズン前のテストでもきっちり結果を出し、第1戦の予選ではポールポジションを獲った。それでもって決勝では、競り合いの末に勝った。

従来、ヤマハ車は高い操縦性が特長だったが、巧みな駆け引きを持ち味とするロッシに合わせ、今回の車体開発では、競り合いでの安定性を高めてきた。モトGP王者ロッシ、新天地で挑戦 ホンダからヤマハへasahi.com 2004/4/15

決勝前に朝日新聞夕刊に載った記事(のウェブサイト版)だが、これが本当なら、初戦から特長を活かしきったと言えるだろう。

正直、ロッシをもってしてもホンダのRC211Vにはかなわないのではないかと思っていた。でも、勝てるもんなんやねぇ。

クリスチャン・サロン以来のゴロワーズカラー好きとしては、応援しがいもあるというものだ。

……要するに、とか言いながら長かったなぁ

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2004.04.06

一日警察署長と言えば

今シーズンはどのチームからもお呼びがかからなくて結局引退、どこでなにをやっているかわからなかった宇川徹が、2004年4月1日、新宿警察署の一日警察署長になっていた。

 昨年までWGP最高峰のモトGPに参戦していたホンダレーシングの宇川徹が1日、新宿警察署の1日署長を務めた=写真。6日に始まる春の交通安全週間に向け、同署が新宿駅西口で行った交通安全キャンペーンの一環として2輪車の事故防止を呼びかけたもの。宇川が1日新宿署長に「2輪車絡みの交通事故死の多さにショック」 by Chunichi Web Press

いやあ、元気でなにより。

=写真」と書きながら、新聞に掲載されていた写真がウェブでは省略されているのは残念だ。掲載されるとマズイような写真でもなかったが。写真なしでは一日警察署長の宣伝もインパクトに欠けるではないか。そもそも載せないなら横着せずに記事を直しておけ。適当に記事を横流しして使っている姿勢が丸わかりだぞ、「Chunichi Web Press」。話は逸れるが、この「Chunichi Web Press」、同サイトのリンクポリシーのページからコピペした文字列だが、「P」だけが全角だ。サイト上で見栄えがよいから使っているのだろうが、等幅フォントの環境にコピーしてきたらちょっと気持ち悪い。

ちなみに昨年の新宿警察の一日署長は佐藤江梨子だったらしい。

酒井若菜や松浦亜弥などアイドルばかり呼んでいるミーハーな丸の内警察署と比べ、新宿警察署は硬派に転じたらしいが、おかげでパブリシティには恵まれなかったようで、MotoGPシンパのトーチュー以外では取り上げてもらえなかった模様。これに懲りず次回もMotoGP関係者を呼んだら漢だ、新宿警察署。見届けさせてもらおう、その心意気を。

あれ? 宇川の話してたんじゃなかったっけ。……まあ、いいや。元気でな、宇川。

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2004.04.02

曲がるのか、金田のバイク

大友克洋の『AKIRA』に出てくる金田のバイクが、東京モーターサイクルショーに参考出品された。なんとこのバイク、走るそうだ、実際に。

もっとも、単にスタイリングだけを模した1/1スケールのモックアップならすぐに作れる。だがこのバイクのすごいところは「実際に公道走行が可能な点」。バイクとしての基本動力性能を犠牲にせず、“完全な実動車”を目指しているのだ。ITmedia 「ピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ」――“金田バイク”が参考出展

乾燥重量や航続距離も気になるが、このロングホイールベース、直進性はかなりよさそうなのだが、回頭性はどうなんだろう。どの程度曲がるんだろうか。あまりバンクさせなくてもすぐにカウルが接地しそうだし……。駆動系もおもしろいなあ。いや、エンジンからリアホイールまで、遠いなあ(笑)。チェーン3本をつないで力を後輪に伝えているけれど、ロスしないのかなあ。
エンジンはさすがに電動モーターというわけにはいかず、ガソリンを使った市販バイクの最新水冷4サイクルエンジンを採用。排気量は249~998ccまでの単気筒から4気筒までのエンジンを搭載可能で、オーナーの好みに合わせてチョイスできるセミオーダー方式になっている。

クォーターのエンジンじゃ、フレームと外装の重さに負けるんじゃないかなあ。リッターバイクとして組んだら、どの程度のパフォーマンスを見せるのかなあ。

疑問ばかりだ(笑)。

しかし、乗ってみたい。

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2004.02.01

ヤマハ → カワサキ

中野真矢がカワサキに移籍したハナシの続き。朝日新聞にも記事が載っていた。

日本人選手が日本のメーカー内で移籍するというのは、あんまり例がないんです。野球で言ったら、巨人の生え抜きが阪神へ行くという感じで。asahi.com 2004/1/28

巨人 → 阪神」ちゃうやろう。
ヤクルト → 広島」ちゃうか?

MotoGP好きの友人は
中日 → 横浜」だろう
と言った。

え、“生え抜きの移籍は滅多にない”という例に挙げてるんだろうって? それはわかっているのだが、巨人(=ヤマハ)、阪神(=カワサキ)というところにピンポイントで反応。

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2004.01.31

中野真矢、カワサキ移籍

――エースの座ということですか? そうですね。ファクトリーのカワサキがエースとして迎えてくれる。本当に責任が大きいしやりがいがある。

――ところで、中野選手のトレードマークになっているSP忠男デザインの目玉ヘルメットは?
カワサキですからね。当然、緑色の目玉ヘルメットになります。東京中日スポーツ2004/1/17

ヤマハ一筋だった中野真矢が、ギャリー・マッコイの後釜に座った。目玉ヘルメットも新調するようだ。

駅売りや宅配のトーチューには遠藤智氏撮影の写真が載っていて、それはこんな写真だった。

nakano-s.jpg 小さいね。

著作権があるから。これでも侵害だから。怒られたらすぐ消すよ。
大きいのが見たい人はここを。
大きいのは顔だけだね。でも同じ写真だから。クリックしても顔しか大きくならないって。頭の後ろに青い交通標識が見えてるね。

さて、この交通標識には「川崎 3km」と書かれている。カワサキへの移籍にひっかけて遠藤氏が洒落で撮ったのだろう。F1 Expressのサイトを担当する人はそれがわからずトリミングしちゃった様子。なのでよく見えないだろうが、歩道橋には「蒲田」の文字が読める。川崎まで3kmで蒲田とくれば、これはうちの近所だ。

というわけで、大家さんに2月分の家賃を払いに出かけがてら、実地検分を行なった。

国道15号線の下り、京急蒲田駅からほど近いところに、問題の歩道橋はあった。

3km-kanban.jpg まさにこれ。

写真には「蒲田」しか写っていないが、実は「南蒲田」だ。

なぜわざわざここで写真を撮ったのだろう。わたいは近所にバイク関連の、おそらくはヤマハか、カワサキの施設があるのではないかと踏んでいた。挨拶に立ち寄った中野王子に、取材のため付いていった遠藤氏が「あ、いい標識があるから、あれ入れて撮ろうよ」と声をかけたんじゃないかと想像していたのだ。

確かにそこにはバイク関連の施設があった。

3km-Long.jpg スズキやん。

3km-SUZUKI-1.jpg

スズキのバイク屋の真ん前で撮ってるんやん。

株式会社スズキスポーツ大田(SBS蒲田)。写真の場所はここ(東京都大田区南蒲田2-15)だった。

中野王子に成り切って写真を撮りたい人は午前中に行こう。曇りなら関係ないが、晴れていたら午後はモロに逆光になる。
文中一部敬称有

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1998.05.12

セルフ給油

解禁となったガソリンスタンドのセルフ給油を試す機会が訪れた。一宮ICから北へ少し上がった大盛石油(仮名)経営の小奇麗なスタンドだ。
2サイクルオイルが欲しくて立ち寄ったのだが、折角なので試してみることにする。
愛機RZRで給油器の横に乗り付けタンクキャップを開ける。
給油器には4本ホースとそれぞれ色違いのノズルが所定の位置にセットされていた。レギュラー、ハイオク、軽油、灯油である。早速レギュラーのノズルを手にすると注ぎ口にあてがい、トリガーを引いた。
出てこない。
それはそうだ。まず何を給油するのか指定せねばならないのだ。
給油器の右手側にコントロールパネルがあった。液晶画面に示された条件を指でタッチして選ぶのが一番最初にすべきことだったのだ。油の種類を選び、次に給油量を選ぶ。
量は10リットルから5リットルきざみで選べるが、今のRZRには10リットルも入らない。溢れてしまうのはマズイのでは、と思ったが、そんな少量しか入れられないシケた客のために満タンモードが用意されていた。このモードならトリガーを引いた分だけ適当に給油できる。
準備を済ませ再度トリガーを引いてみると、おお、琥珀に澄んだ液体がじゃんじゃか気前よくノズルから放出されていくではないか。今までみたGSのにーちゃんの手つきを思い出して真似しつつ、あっさりと給油は終わった。これでリッター81円か。店員に給油してもらうより12~3円は安いぞ。バイクは窓を拭いて貰えるでも灰皿を綺麗にして貰えるでも無し、セルフ給油で必要十分だ。
すっかりセルフファンになったわたしだが、この店のキャッシャーを預かる店員さんはまだ慣れていないらしく異様に手際が悪かった。今後大盛石油(仮名)を利用される皆さんはぜひ気をつけていただきたい。
2サイクルオイルを買う諸君に警告しておこう。オイル缶には付属品として必需の「注ぎ口パイプ」が付いてくる筈だが、この店にはないぞ(笑)。自分で用意して携行しよう。
何事にもとことんセルフにこだわった店と言えるだろう。

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1997.10.11

体育の日には身体を動かそう

10月11日はツーリングを志した。
半年ほどエンジンをかけていないRZRの調子が心配なので、体育の日である10月10日に駐車スペースから引っ張り出して乗ってみた。エンジンはすんなりかかり、アイドリングも安定している。
これは行けるぞ、とほくほく顔でクラッチを繋いだ途端にエンスト。暖機が済んでいないときにはしばしばあること、とさして気にも留めずにアクセルを開け気味にして発進。どうも 2000rpmくらいで息をつくようだ。マンションの下まで走ったところで沈黙してしまった。
これではいけない。バイク屋に持って行こう
坂道は登れないから下へ下へと進む。
進む、というかエンジンは回らないから、位置エネルギーを失いながら転がっているだけだ。
坂の下まで行ったところで、取り敢えず原チャリ専門店に修理を打診してみたが「うちではわからん」の一言でアウト。しかし頼もしいアドバイスがもらえた。
「ここから300メートルくらい下がったところに一軒あるから」
「今日、開いてますか」
開いてる開いてる

というわけで、さらにしばらく転がって行ったが……「閉まってた」。
いかーんっ、調子に乗って家から数kmも下ってきてしまった。
失意の内に押しながら戻る。いくら軽いほうだとはいえ130kgオーバーの車両を押して坂を登るのは、とてもいい運動になる。体育の日とはいえあんまりだ
結局5kmほど続く上り坂をひたすら押して戻ってマンションの入口に駐車すると、今度はさらに坂の上にあるバイク屋へ単身で乗り込む。
「動かへんの? うちなァ、一人やし店空けられへんねん。押して来られへん?」
わたいは上着まで汗で湿っている状態だ。頼み込んで留守番を引き受け、軽トラックで引き揚げてもらう。
小一時間程度で修理してもらい、月曜に払う定期代の5分の1を使い込む。
さあ、これで万全だ。
あとは九頭竜ダムまで走るだけだ。
10月11日、朝6時起床、7時30分パークヒルズ発進。8時30分……離宮公園の横。
そうなのだ、やっぱり進んでないのだ。
ああ、また押して帰るのか、おい。
今日のツーリングを予定していたN氏! すまん! 全てわたいが悪かった、この通りだ!

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