すっかり『MUD』がなじんだ『まんが宇宙大作戦(Manga Uchu Daisakusen)』。
今日のお題は番組開始直後、オープニングテーマにかぶせて語られるナレーションについてだ。
ナレーションのことは既に一度、「まんが宇宙大作戦のオープニング」で語っているが、今回はもう少し踏み込んでみたい。
え? 踏み込むのはいいがそんな余地があるのかって?
ある。むしろ未踏の地と呼んでいい。
ずっと不思議に思っていたことがあるのだ。
なぜ、MUDを扱ったサイトに書かれているオープニングナレーションには、どれもこれも聞いたことのない表現が使われているのか、と。
現在聞くことができるMUDのオープニングナレーションはLD-BOXに収録されているものだ。スーパーチャンネルで放映されたものもおそらくLDと同じ素材だと思うが、異なっているならぜひご指摘願いたい。
第1~3話バージョン
紀元3000年、幾多の苦難を克服した人類は、ついに銀河系を征服し、ここに巨大な銀河連盟を結成した。我が宇宙パトロール船 《エンタープライズ》号は、この銀河連盟の平和と安全を守るため、今日も、果てしない宇宙を進んで行くのである。
第4~22(23)話バージョン
紀元3000年、幾多の苦難を克服した人類は、ついに銀河系を征服し、ここに巨大な銀河連盟を結成した。我が宇宙パトロール船《エンタープライズ》号は、銀河連盟の平和と安全を守るため、今日も、果てしない宇宙を進んで行くのである。
これらふたつの違いは二つめの文章冒頭にある「銀河連盟」に指示語が付くか付かないかだけだ。
しかし、スーパーチャンネル公式サイトの番組紹介ページに書かれているナレーションには、まるで異なる文字列がばんばん使われている。
スーパーチャンネルのサイト掲載バージョン
紀元3000年。幾多の苦難と危険を次々と克服した人類は、ついに銀河系を征服し、ここに巨大な銀河連盟を結成したのだった。この銀河連盟の宇宙パトロール船エンタープライズ号は、宇宙の平和と安全を守るために、今日もはてしない宇宙を進んで行くのである。
わたいは最初にこれを読んだとき、誰かが記憶に頼って適当に書いた脳内妄想バージョンなのではないか、と勝手な感想を抱いたものだ。だが、この文章をスーパーチャンネル社内で書かれているのか外注されているのかを問わず、わざわざこうして書き記すくらいなのだから、何か出典があるのだろうと思い直した。
その出典をずっと探していた。
そしてその答えを、タイム・ボーテックスを通って過去の歴史から拾い上げることに成功した。

手元にあるのは第8話と第9話の台本。第8話「過去から来た新兵器」にはナレーションを記したページがなく、第9話「タイムトラベルの驚異」のほうには掲載されている。

これが放映当時のアテレコ台本に記された、ナレーションだ。
第9話アテレコ台本掲載バージョン
紀元三千年
幾多の苦難と危険を次々と克服した人類は、ついに銀河系を征服し、ここに巨大な銀河連盟を結成したのだった。
この銀河連盟の宇宙パトロール船エンタープライズ号は宇宙の平和と安全を守るために、今日もはてしない宇宙を進んで行くのである。
一目瞭然。
スーパーチャンネルが採用しているのは、このアテレコ台本バージョンだったのだ。
しかし実際の放送では、台本どおりには吹き込まれなかった。現場で台詞が変わるのは珍しいことではない。だから台本を資料にして映像作品を観ずに書かれたあらゆる原稿は、その記述が放映された実物と食い違っているのだ。
紀元2006年。幾多の苦難と危険を次々と克服したわたいは、ついにアテレコ台本を獲得し、ここに不思議なナレーションの謎を解明したのだった。
本日ただいま以降、個人サイトやBlogでMUDのナレーションをスーパーチャンネルのサイトから孫引きされる方は、それは放映されたナレーションではないことをよく理解したうえで引用しよう。
いや、MUDのページを作ろう、記事を書こうという心意気は買う。大いに買う。めちゃめちゃ買う。じゃんじゃんやってほしい。水を差す気は毛頭ない。しかしうっかり孫引きしたままだと、せっかくのあなたのMUDへの情熱を「実は観てないんじゃないの?」と人様から疑われてしまう可能性があるから気を付けてねという老婆心からの忠告だ。
ちなみに『スーパービジュアルマガジン/スタートレック大研究3』(徳間書店)掲載のオープニングナレーションには「苦難を次々と克服」と書かれている。
“次々と”が含まれるバージョンは少なくともLDでは確認できないと以前書いたが、これもまたアテレコ台本に引っ張られた結果だと推測できる。つまり、筆者はアテレコ台本を元に一度原稿を作り、実際の映像を見て違いに気付き添削したものの、たまたまここだけを直し忘れたのではなかろうか、多分(じゃないでしょうか?>岸川さん!)。
謎を解明!と高らかに宣言したわりに、「なかろうか」とか「多分」とか「じゃないでしょうか?」と歯切れが悪いな……。
歯切れが悪いついでに、もうひとつ積み残しの謎を記しておこう。
スーパーチャンネル番組紹介ページの「解説」の一番最後に、こう書かれている。
なお日本語版ナレーションは「スタートレック/ディープスペース・ナイン」のシスコ役・玄田哲章が担当。
MUDには、『ちびまる子ちゃん』におけるキートン山田氏や『ケロロ軍曹』における藤原“ドクター・ベシア”啓治氏のようなナレーションはもちろん、それ以外のいかなるナレーションも使われていない。
劇中でナレーションに近いのはカークらの独白か日誌の記録だ。解説の「日本語版ナレーション」が仮にオープニングのナレーションを指しているのなら、それはカークをアテている佐々木功(現ささきいさお)氏が行なっている。台本の該当箇所には「カークの声」と明記され、同じく配役リストにはナレーションの項目そのものが立っておらず玄田哲章氏の名も書かれていない。
いったいどういうことなのだろう。
この「日本語版ナレーションは……玄田哲章が担当」にもやはり何か出典があるのだろうか。
現時点でわたいが考え得る推測はこうだ。
企画段階では、TOSの吹き替えである『宇宙大作戦』のオープニングナレーションに若山弦蔵氏を配したように、TASの吹き替えであるMUDでも“カーク船長ではないほかの誰か”が語ることを想定していたのではないか。
TAS専用のオープニングテーマ曲を敢えてTOSのそれに差し替える手間をかけた日本語版スタッフのこと、ナレーションでもTOSのパターンを再現しようとこだわりかねない。
わたいは見たことがない第1話や第2話のアテレコ台本の配役リストには、ひょっとしたらナレーターとして玄田哲章氏の名が記されているのかもしれない。
しかし、どこかの段階で“カーク船長本人が語る”ことに変わった。
それが予算の都合なのか、そのほうが収録の効率がよかったからなのか、もっとほかの理由があったのかはわからない。
カークが語るとなると、第三者的な視点で書かれている台本の言い回しはそぐわない。だからカーク船長が一人称で語っているように書き換えられた。この過程を想像させる典型的な変更箇所は
この銀河連盟の宇宙パトロール船エンタープライズ号は
↓
我が宇宙パトロール船 《エンタープライズ》号は
の部分だ。
いかがだろう。事実をご存じの方はぜひともお教えいただきたく伏してお願いする次第だ。
冒頭のナレーションだけで、こんなに長々と語れるMUD。すごいポテンシャルだぞ、MUD! こんなのをポテンシャルって呼んでいいのか、MUD!