« 過去から来た40円 | トップページ | ロッシ、勝ってしもたがな。 »

2004.04.23

第3話「あなた誰ですか?」

テレビ東京の「ウルトラQ dark fantasy」。今回はシリーズ構成が上原正三、脚本は林民夫、監督に金子修介。

朝起きてからこっち、なにかが少しずつ、微妙に違うような気がする男。7時35分にセットしていたはずの目覚まし時計が33分に鳴った。スリッパが一回り小さくなっているような気がした。部屋に飾ってあるおしゃべり人形が、今まで聞いたことのない言葉をしゃべった。昨日までスムースに開閉していた部屋の扉がきしんでいた。階段の数が一段多いような気がした。

冷蔵庫から牛乳を出して飲んでいると、居間から聞こえてくるのは妻が本を音読する声。これはいつもと同じらしい。しかし、その後ろにある花瓶に生けてある花は黄色だったような気がするが、今は赤色だ。

部屋全体の様子や、鏡に映る自分の姿に違いはない。なんとなく微妙に違う気がするだけ。

「もしかしたら、今いるこの世界は、本来の自分がいる世界とは、微妙に違う別の世界なのかもしれない」

そんな風に思ったことありますか? ……と、調髪しながら客に尋ねる男は理容師だ。

あるよ、と気軽に同意する客。初めてのお客さんに変な話をしたにもかかわらず、同意してもらえてホッとする理容師。しかしその男性客は、客としては初めてだが、実は幼なじみのヨウイチロウだった。

ヨウイチロウ「おせぇよ、気付くのがぁ!」

もう最後の仕上げに入ってるもんなあ。気付くの遅いわな。

オレのこと忘れてたろ、と尋ねるヨウイチロウに、覚えてんに決まってんだろうが小学校んときいつも……と笑いながら、思い出話をぶちかましてやろうと笑顔でしゃべり出す理容師だが、ふとフラッシュバックした記憶に笑顔が凍りつき、口と手が止まる。

理容師「お前、死んだはずじゃ……

すかさずタイトルが入り、オープニングテーマ。

ええやん、ここまで、ええ感じやん。

どこかの小ぎれいな店で焼き肉を食べる二人。既に肉が結構焼けているにもかかわらず、ふたりの前に置かれたビールはあまり減っていない。肉焼ける前に半分くらいなくなってるだろう。それはわたいだけか。

ヨウイチロウのことを死んだと思いこんでいた理容師。なぜそんな思い違いをしていたのか、まったく腑に落ちない様子。ヨウイチロウは中学からアメリカに行っていて、当時お別れパーティーまでしてもらったと主張するが、理容師はそれさえ忘れている。

サバサバしているヨウイチロウは、自分が死んだことにされているのにも驚いたが、どこかの研究所のエライ父親を持つオマエが理容師になって生計を立てていることにも驚いたよ、と話題を変える。

理容師の父親はどこかの研究所のエライ人だって? まさか赤いカッパのよく似合う彼じゃあるまいな。

理容師「死んだよ、三年前に」

ああ、じゃあ彼じゃないな。よかった。心からよかった。

父親とは反りが合わず、後を継いで欲しかったらしいが、ことごとく反抗したもんだと語る理容師。「普通が一番いいんだよ。普通が一番」と無理矢理作ったような笑顔で話をまとめる理容師。結局理容師は肉を食べなかった。

深夜の小学校の校庭に場所を移し、思い出話を続ける二人。アケミという名の同級生に、卒業式のあとで告白をしようとして失敗した話をヨウイチロウから振られ、口が重くなる理容師。アケミと、もうひとりモチヅキという同級生に、ちゃんと生きてると言っておいてくれと頼むヨウイチロウ。

言われたとおりにする理容師。

傘屋を営む中年男性、モチヅキ。

「死んでるよ、ヨウイチロウは」

花屋を営む中年女性、アケミ。
「死んでるに決まってるじゃない、ヨウイチロウは」

二人に即答され、冴えない表情の理容師。そこにアケミの娘らしき女の子が帰宅。娘を目で追って、「昔のアケミちゃんみたいだな」とぼんやりつぶやく理容師は、ヨウイチロウの生死のことは急にどうでもよくなったみたいだ。そんな理容師を呆れた顔で見やったアケミは、「とにかく、死んでるよ、ヨウイチロウは」と追い討ちをかける。

この3人は、ヨウイチロウが死んだ現場に居合わせたという。

理容師の回想。森の中でオリエンテーションか何かをやっていて道に迷った風の4人。小学校高学年くらい。理容師はヤマザキと呼ばれている。

子供時代の彼らは、大人になってからも引き継がれる要素をいくつか示している。
それぞれのイメージカラーは、赤がヨウイチロウ、青がモチヅキ、桃がアケミ、そして黄がヤマザキ。
腹減ってんだ」が口癖のヨウイチロウ。「だってよー」と愚痴をこぼす癖のあるモチヅキ。それに対して必ず「愚痴を言うな」と釘を刺すアケミ。
ヤマザキだけ、子供時代と大人になってからの特徴的な共通点が見あたらない。ちょっと顔が小太りなところは似ているが。

道に迷ったときはなるべく動かないほうがいいかもと提案するヤマザキに、歩いてりゃいつか着くってと聞く耳持たないヨウイチロウ。先頭を切ってさっさと歩いて行ってしまう。むにゃむにゃと愚痴をこぼすと、立ち小便を始めるモチヅキ。
そんなモチヅキのほうにアケミとヤマザキが視線を移した瞬間、今時あまり見かけなくなった“ナップザック”を背負ったヨウイチロウが、短い叫び声とともに視界から消えた。

田淵幸一が四番を張っていた頃に使われていた阪神タイガースの野球帽を被ったヤマザキと、4人のなかで唯一帽子を被っていないアケミが、ヨウイチロウの消えた方角へ走る。
わりと尿切れのいいモチヅキも、すかさず追随。

崖を下りた3人が見たのは、既に事切れているヨウイチロウ。彼はざっと20メートルはありそうな切り立った崖から落ちたようだが、彼らは意外と簡単に歩いて下りてきた。

倒れているヨウイチロウを上から覗き込む3人。モチヅキの解説によれば、下半身はうつぶせ、上半身は仰向け、腕が変な風に付き、目を見開いて彼らを見上げている状態らしい。靴は片方脱げていた。どこでこすったのか、短パンの足は引っ掻き傷多数。切り立った崖だから引っ掻くところはなさそうやけどなあ。

回想は終わり、そんな出来事を忘れるはずがない、すなわちヨウイチロウはあのとき死んだのだと言うアケミに、昨晩会ったのは確かにヨウイチロウで、それはヨウイチロウしか知り得ない事実を口にしていたからだと説明するヤマザキ。

ヨウイチロウしか知り得ない事実とは、小学校の卒業式のあとでヤマザキが校庭でアケミに告白しようとしていたのを知っていた、ということらしい。記憶に不確かなところが多くあるヤマザキがそう言うのだから、あまり説得力はない。

死んだのはヨウイチロウじゃなくて、ほかのクラスメイトだったのではないかという推論を述べるヤマザキは、だとすればそれは誰よ?とアケミに切り替えされて答えられず。

もやもやした気持ちのまま帰宅し、当時のアルバムを開いて糸口を見つけようとするヤマザキだが、リビングで音楽を流しながら古典文学の音読を続けている妻の態度にぶち切れる

「なあ。おい。声を出しながら本を読むのはやめてくれって何度も言ってるだろ。なんちゅうか不気味なんだよそれ。それからこの音楽! クラシックなんてうんざりしてんだよ、ボクは。なんか無理矢理聞かされてるみたいでさ。これやめてくれないか。止めてくれよ! ……無視かよっ」

妻はヤマザキの剣幕にまったく動じることなく、淡々と音読にいそしんでいる。机の上にあるラジカセをばんばん叩くヤマザキは、自分でストップボタンを押すことはせず、ただ怒って自分の部屋に引きこもる。実は恐妻家で立場が弱いのかメカ音痴なのか。

気を取り直して卒業アルバムを開くヤマザキ。そこには、アケミ、モチヅキ、そしてヨウイチロウが写っていた。やはりヨウイチロウはいた。では“山中湖に行った小学5年生のときの林間学校”よりあとの写真に、写っていないクラスメイトこそが、実際に亡くなった者ではないかと思いつき、ページをめくるヤマザキ。

「ボクだ。ボクがいない」

なんや、ヤなことに気付いてしもたようやなあ。

担任の先生が文集に寄せた一筆には、「大切なクラスメイトが亡くなりました。山崎純くん」と書かれている。

それを目にした山崎の脳裏に、ヨウイチロウが死んだときの映像が、自分が死んだときの記憶となって蘇る。倒れたヨウイチロウを3人が覗き込んでいた映像は、倒れている山崎自身から見えていた風景だったのではないか、と山崎は思い至る。

今蘇った記憶では、真ん中から覗き込むのは山崎ではなくヨウイチロウ。その両脇にモチヅキとアケミ。倒れている者を見て言う台詞は一緒。モチヅキが「こっち見てるよ」と言ったとき、山崎はとても生きているようには思えない様態を呈しながら、実は彼らを見ていたのではないか。混乱する記憶に自信を失う山崎。

自分が死んだのだとしたら、今どこにいるんだ……と慌ててリビングに取って返し、「ボクは、死んで、ないよな?」と妻に尋ねる山崎。すると、あれだけ叫んでもラジカセを叩いても、本から一度も視線を外さなかった妻が、にっこり笑って山崎を振り仰ぎ「そうよ」と答えた。

君と出会ったのは8年前だ」「そう」「ボクは、記憶がある」「そうよ」「この数十年間、生きてきた、記憶があるんだ」「そう!

そこに現れた白衣の男。照明が当たっていない部屋の壁の前に立つその男はヨウイチロウ。「お前はもう、死んでるんだよ」と、胸に7つの傷があるかのような台詞を言い放つ。「やめなさいよ」「ほっとけよ」とアケミ、モチヅキが続いて登場。彼らも白衣をまとっている。

混乱する山崎純。

これ以上、こんなもの“保管”しててもしょうがないだろ」と言うヨウイチロウに、突然白衣を羽織って思い詰めた顔をした妻が「どうして? どうしてみんな彼の声が聞こえないの? 彼は言ってるのよ、ボクはまだ死んでないって」と説得にかかる。その説得が耳に入らない様子で、外を見やるヨウイチロウ、モチヅキ、アケミの3人。妻から援護射撃をもらっている山崎も、その援護に気が付かないのか、外に視線を流す。

庭先に現れたのは、自称坂本通称マドと、今日もまたマドとつるむエンクミ。愛用のカメラを右肩から下げている。今日は前回よりでかいレンズを装着。一方、マドは手ぶら。ふたりが何をしに来たのか知らないが、少なくともマドには取材メモを取る気はないらしい。

急な展開についていけない山崎は無言で立ち尽くす。その姿に映像がオーバーラップし、半球の透明ドームに収められた人間のものらしき脳が映し出される。そこかしこに電極のようなものが刺さっている。

それを覗き込みながら「生きてると言われても、二十何年前ですよねぇ、この少年が事故で死んだのは」と感想を漏らすマド。「なんかこっち、見てる気がする」とエンクミ。

脳からは微弱な脳波が観測されたことがあるらしい。白衣の4人の中では、この脳が生きているか死んでいるかで意見が分かれている模様。さっきまで妻だったが今は白衣姿の女性は生きている派、アメリカ帰りのヨウイチロウは死んでいる派。アケミとモチヅキはどちらかというと死んでいる派で、白衣妻が脳を溺愛することを疎んじているようだ。そもそもこの脳は、ここ(どこやねん)の前所長の息子の脳なので、栄養チューブを刺して保管してあるという。

画角の関係か、立ち位置の関係か、左からアケミ、マド、エンクミと立つ手前に置かれた脳は、この3人の誰の頭蓋にも収まりそうもないほど大きく見える。

前所長が3年前に亡くなった今、脳を保管しておく意味なんてないと、必要以上に脳を敵視して煙たがるヨウイチロウに対し、強く反対する白衣妻は、「音楽だって本だって、いつも喜んで聞いていてくれるんです」と断言。

「不気味」で「うんざり」やって言うてましたけど。
しかし白衣妻にそれを伝える術はない。人によかれと思ってやったことがかえって迷惑になることもある、という教訓めいたメッセージを感じるが、ここまでのところ、このエピソードの主題と強い関連性があるとは思えない。

山崎の心を知ってか知らずか、ラジカセのスイッチを入れてクラシックを流しつつ、古典の音読をして見せる白衣妻。それに反応するかのように、脳の下部に当たる光が点滅する。理屈は不明だが、そういう仕組みになっているのだろう。8年ほど前からこうして面倒を見ているのだという。点滅=喜びの反応と信じてやまない白衣妻。

腹が減ったと言うヨウイチロウの声を合図に、アケミがマドとエンクミを昼ご飯に誘う。メニューは焼き魚とみそ汁。モチヅキによれば、アケミはみそ汁だけは得意なのだとか。アケミ自身はみそ汁だけではないと自負している。

生きている脳か」と言い残してお相伴にあずかりに着いていくマド。
これまでの話の流れでは、白衣妻対ヨウイチロウ、モチヅキ、アケミの1対3で“脳は死んでいる派”が強かったのに、“生きている派”に軍配を上げたかのようなマドの発言。彼は何をどう判断してこう言ったのか。
なんか……見てる気がするんだよねぇ、こっちを」と、こちらは単なる個人的な印象を述べながら、やはり焼き魚とみそ汁をご馳走になりに部屋を後にするエンクミ。

マドとエンクミの今回の出番はこれだけ。キミら、今日も別に出てくる理由、ないやん。キミら出てきいひんでも、充分成り立たせることできるやん、この話。何しに来てん。結局タダ飯ご馳走になりに来ただけやん。

部屋にひとり残った白衣妻は、飽きることなく音読を続けている。

目覚まし時計に起こされる山崎。7時35分。ひどい夢だった、とぐったりした表情。ベッドから下りて履いたスリッパは、しっくりと足に馴染む。おしゃべり人形は、いつもある場所にないが、扉はきしまない。冷蔵庫から牛乳を出し、食卓の上にある食パンを手に取ったら、「あら? 今日パンにするの?」と妻に尋ねられる。

妻は、アケミ。出汁を沸かした鍋にみそを溶き、みそ汁を作っている。子供の頃のアケミによく似た娘が、パジャマ姿で「お父さん、おはよう」と起きてきた。にやける山崎。アジの開きと卵焼きにみそ汁の朝食を摂りながら、妻アケミとアケミ似娘に夢で見た不思議な話を語って聞かせる山崎。アケミによれば、山崎は“研究所”というところに勤めているらしい。全然どうでもいいが、アケミ似娘は左利き。

所変わって、理容師ヨウイチロウに頭を刈ってもらう山崎。ここでも夢の話をして聞かせる。
父親が亡くなってから後を継ぐために不休で働いてきたから、ヨウイチロウのような普通の生活がうらやましくてそんな夢を見たのかも、と自ら分析する。それを聞いたヨウイチロウは「普通が一番」と答えた。
モチヅキが死んでからもう25年、あいつは愚痴を言っては立ちションばかりしているやつだったと思い出を語るヨウイチロウと山崎。死後、そんな固定イメージしか残らないモチヅキの人生ってなんだろう。

夢の中でモチヅキが営んでいた傘屋では、今は誰だか知らない若い男が店頭に立って、女子高生に傘を売りつけていた。

その横を通り、通勤する山崎。通勤前に散髪行ったんか? 朝何時から営業してんねん、理容師ヨウイチロウ。そして山崎は、彼の通勤路にあるのかないのか、とある公園に足を踏み入れる。

「あなたはまだ生きているのよ」

突然聞こえてきた声の方角を振り返ると、夢で見た白衣妻と同じ女がベンチに座り、マルクス・エンゲルスの『共産党宣言』を音読し始めた。

急に不安になる山崎。するとその視線の彼方の青空にひびが入り、空が音を立てて崩れていく。崩れた先には脳の皺のようなものが見える。頭を押さえ、がっくり跪く山崎……。

佐野史郎「昨日のあなたと、今日のあなたは同じ人ですか? あなたは一貫してあなたであると、本当に言い切れますか? 目覚まし時計が2分早く鳴ったり、家の階段が一段多く感じたりするときは気を付けてください。もしかしたら、あなたは微妙にバランスの崩れた世界に、迷い込んでいるかもしれないのですから」」
いや、そうなってしもたらもう気を付けるとか気を付けないちう次元の話ちゃうやろ。もう手遅れやろ。今さら何に気を付けるねん。脳だけになってしもてんねんで?

さて。第3話はよく計算された演出で、画作りや台詞のところどころに、夢と現(うつつ)を行き来する不安感を煽る仕掛けが施されていた。しかし、ウルトラQという縛りに拘ったのか、レギュラーは必ず出演させなければならないという契約でもあるのか、ほとんど意味もなく坂本マドとエンクミを出してきたのはいかがなものかと思った。
マドとエンクミが出てきたことで、山崎は脳だけの存在であるということがエピソード中盤で既定事実になってしまった。そのためアケミと結婚している幸せな山崎の姿を、どうせ奴の脳内妄想なんでしょ、と醒めた目で見てしまうことになり、ラストシーンに驚きを感じない。
マドとエンクミ登場までは、視聴者は山崎の視線で世界を見ていた。山崎に感情移入している視聴者は、山崎の心理的な不安を体感しながら物語の展開を見守る。その視線をマドとエンクミに持っていかれ、山崎が客観的な存在に変わってしまったのだ。
どうせなら、最後までどんでん返しを続け、視聴者に山崎の視点を保たせたまま、何が現実で何が幻なのかさえわからないように物語を終えて欲しかった。そういう作り方のできるエピソードだっただけに残念だ。
もっとも、一度疑念を抱いてしまった山崎が、ちょっとだけ違う人生の一部分だけを繰り返し繰り返し体験し続けるとすれば、我が身に置き換えて、また違った怖さを想像することはできる。

まあ、赤いカッパの憎い奴が出なかっただけで、マシな話になる確率が跳ね上がることは、2話続けて証明されたのが収穫だ。

今回の第3話は前回前々回よりも安心して見ていられた。尻上がりで調子を上げていくと信じてよいのだろうか。いやいや、まだ油断はできない。

次回「パズルの女」。監督が伊丹十三じゃないことは確かだ。

|

« 過去から来た40円 | トップページ | ロッシ、勝ってしもたがな。 »

コメント

今回は半ば積極的に忘却して見なかったのですが、そうですか、今までより安心して見ることができましたか。
このまま良くなっていくのかなあ。
次回、忘却してなければ見るようにします。

投稿: | 2004.04.23 21:47

少なくとも第1話より数十倍マシで、第2話よりツッコミどころが減りました。毎回よくなるのかどうかはわかりません。あの渡来教授が今後の鍵になるような気がします(^^;)。彼が登場してもクオリティが今以上に下がらなければ、ひょっとして化ける日が来るかも。

投稿: ANCHOR | 2004.04.24 02:27

どこかで見た展開?と思ったら、昔の「世にも奇妙な物語」の1エピソードに同様の展開がありました。
主人公が見ているのは実は設定された仮想現実で、その実態は研究室で実験されている脳だった、というオチ。
実験のたびに仮想現実に疑問を抱いてしまって、設定の外に意識が脱走しようとしてその都度実験はリセットしてやり直し、という話でした。
まるっきり同じ切り口ではないのでパクリとは思いませんが、「なんか見たことあるな」感は否めません。
「ウルトラQ dark fantasy」の最大の問題は、「世にも~」の膨大なエピソード群でも使われなかったようなネタを果たして見つけられるかという事かもしれません。

投稿: Nekomata | 2004.04.24 02:36

>Nekomataさん

「世にも奇妙な物語」を観ていなかったので全然気付きませんでした。同じようなネタでエピソードが作られていたんですね。
ちょっと検索してみたところ、そのエピソードは『バーチャル・リアリティ(1991年:秋の特別編)』でしょうか。
「世にも~」は400本近くあるんですか? それだけ多いと、ネタがかぶるのも致し方ないところでしょうが、脚本を用意するほうは辛いでしょうなあ。
逆に腕の振るいどころと捉え、これまでにない素材と切り口を見せてくれると嬉しいのですが、続く23本がどんな方向へ走っていくのか、楽しみだったり不安だったり。

投稿: ANCHOR | 2004.04.24 03:23

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第3話「あなた誰ですか?」:

« 過去から来た40円 | トップページ | ロッシ、勝ってしもたがな。 »